何度も再掲して恐縮だが、「普遍とは流転」の記事に登場する天才の若者が語っていた「行動の意味の重層化」。

ひとつの行動に対して必ず複数の意味を持たせることで、他者との競争において圧倒的な差をつけるとのこと。


一度では理解できなかったので、3時間以上の動画をもう5回くらい視聴して、少しずつ自分なりに腑に落としていた。


このブログも最低3つ以上の意味を意識して書いている。

それが何かは読者が考えてほしい。

ちょうど手書きチャートの会が今月末あるので、私という人間を知ってもらう意味でもそのあたりの話をしようかと思う。(忘れていたら飲み会ででも聞いてください!)


サラリーマン時代、自分の行動の意味を理解せずに日々の業務をこなしていた。

現代は業務が細分化されすぎており、自分の仕事が社会にいかなる意義をもたらしているかを実感するのは難しい。


畑を耕し自ら育てた大根を食べる、そんな生活からかけ離れてしまった。

日本復興が錦の御旗だった高度成長期はとうに過ぎ、所属するコミュニティのための自分のあり方さえ見えなくなってきている。


自分の仕事の意味もわからず、それでも生きるために毎日体と頭脳を酷使する。


通勤電車のサラリーマンが疲れ果てているのは、業務の過酷さもさることながら、彼らの業務が意味のわからない賽の河原の石を積む作業に成り果てたことも大きな要因だろう。


我々に希望があるとすれば、現代は自分が取り組む対象を選択できること。

そして、本気で取り組める対象を見つけたなら、意味の重層化を意識して行動することで、2倍速、3倍速で生きる、すなわち個人レベルで時間にレバレッジをかけることが可能なことだ。


自分も40を目前にし、己の脳みそで考えて生きてきた時間を振り返ったとき、それが人生のどの程度の時間を占有してきたかと問われれば、恥ずかしいくらい少なかったように思う。

なればこそ、自分的失われた10年を取り戻すべく、これからの10年を最低でも2倍速以上で生きねばと誓うのだ。


ブログを書くという誰にでもできる一事においてさえも、重層化された意味を日々確認し継続する。


読者がシステムトレードに何かしら興味を持ったのならば、読者的失われた10年を取り戻すチャンスだ。

そして、私と共に過ごす時間を通じて、もうひとつ意味を重ねていただけるのであればこれ以上の喜びはない。


手書きチャートの会/トレードスクール第六期オリエンテーションのご案内


最高の環境を整えてお待ち申し上げる。