せどりと決定的に異なるのは、コミュニティの各メンバーが同一の情報に触れて行動した場合の、パフォーマンスへの影響の大きさだ。
特に流動性の低い銘柄の場合は利ザヤが潰される恐れがある。
ここをどう解決するか。
ひとつの案としては、お互いに共有する情報を、まさに素材レベルのものにとどめ、その素材を各人が独自に解釈、分析して活用する。
自立したメンバー同士であればそれで十分であるし、考える余地のある素材の方が、長い目で見たときに各人のためになるだろう。
アウトプットの品質維持も難しい。
自主性に任せてしまうと、相互の品質の差が大きくなり過ぎ、コミュニティ崩壊の原因となる。
ひとつは、事前に合議の上、各人のタスクをメンバー全員が納得したうえで確定する方法がある。
あるいは、各人の1ヶ月のアウトプットに対して匿名で評価点をつけ、合格点に達していないメンバーには奮起を促すなどか。
ううむ、なかなか決定的な方法が思いつかない。
今週23日から、例のDRMの天才の講義が始まる。
彼は一貫してコミュニティ運営には否定的だ。
自分が懸念しているように、開始当初は盛り上がるが、徐々にアウトプットの質が低下し、閑散としたSNSだけが“兵どもが夢の跡”となる。
とはいえ、やってみないとわからないだろうから、事前仮説をしっかり立てて運営してみるか。
トレードの技術をもって真の自立を目指す。
向かうべき方向性を共有した仲間とならば、何かしらのよき成果が生まれるだろう。
信用を蓄積しマネタイズするのが現代の錬金術の本質的構造。
そのマネタイズエンジンを駆動させずに直接相互の信用を交換できるコミュニティが実現できれば、そこにはお金のやり取りが発生しない。
したがって、課税所得も発生しない。
最近、目指すべき富豪とは何かを再定義している。
信用と貨幣が同義ならば、必ずしも札束を積み上げる必要はないのではないかと。
経験的には収入ベースで年収1000万だと、望む行動が制限される場面があったため、いったんは倍額の年収2000万をターゲットとする。
それ以上を貨幣に変換すると、個人ではほぼ最高税率がかかってくるため、無駄が大きい。
残額はあえてマネタイズせずに社会や関わる人たちの中に信用として貯めておく。
死ぬまでに蓄積して残った信用は、天国へ行くべく、あの世で閻魔様の袖の下に使う。
もし現世でいかんともしがたくなったら、そのときは堂々と助けを乞えばいい。
そのとき、本当に自分が富豪並みの信用を積み上げているのなら、分厚いFOMプットオプションのごとく、多くの仲間が大挙して助けてくれるはずだ。
札束を積み上げない富豪。
意外とアリなんじゃないかと思っている。