機能美の本質を忘れ去ったソニー製品との決別:美しいトレードのための美しい道具を新調

機能美という言葉がある。

徹底的に機能を追求した先に自然と発現する普遍的な美しさだ。


フェラーリの流線形の美しさは、風が無理なく吹き抜け、必要とされるダウンフォースを突き詰めた結果生まれたフォルムである。

iPhoneは、制約が極めて大きなシンプルさを追求した操作性によって、ユーザにかかる無駄な所作による負荷を低減することに成功した。


この日本にもかつて、世界をリードする機能美を備えた商品を世に送り出していたメーカーがあった。

ソニーである。


機能美などという言葉も知らない幼少の時分、他社よりも明らかに割高なウォークマンやコンポ、パソコンを、お年玉やお小遣いを貯めて買っていた。

流体力学を知らないのにスーパーカーの美しさに惹かれるように、自分もソニー製品に惹かれていたのだろう。


あの頃のソニーを思い出し、応援すべく2年前に買ったVAIO。

機能を最大限に活かすためのクールなかつてのデザインが、いつの間にか、他社に劣後する機能を覆い隠すためだけのデザインに成り下がっていた。


この2年間は相当にストレスフルなノートパソコンライフだった。

ちょっと使ってみればわかるようなユーザビリティ上の欠陥が、ここかしこから噴出していく。


ついに先日キーボードのボタンが次々と壊れ、寿命を迎えた。


新調したのは、VAIO以前に何代にも渡って買い替えながら使い続けてきたレッツノート。

株式投資用新パソコン

一瞬MACの選択肢も頭をよぎったが、さすがにそこまでの冒険はしきれなかった。


こちらはまだ、職人魂のこもった機能美が健在だった。

天衣無縫の美しいトレードを目指すなら、道具もまた美しくなければならない。


当面ソニー製品はボイコットの予定だが、いつの日か、子供心を湧きたててくれた、クールジャパンの代名詞たるソニーに戻ってくれることを祈るばかり。