個人として末端支流からの脱却を考えるとき、「整流所(ハブ)」を目指すのは若干難易度が高い。
集客の仕組みと顧客関与レベル向上の仕組み、これを高度なレベルで維持していかなければならないからだ。
したがって、我々個人はまず「源流(オリジナル)」を目指すこととなる。
ここで末端支流労働者のおおいなる勘違いは、商品そのものの機能的価値の差別性、優位性確保に邁進してしまうことだ。
いい商品を作れば、きっとみんなその良さに気づいてくれ、高い報酬を払ってくれるに違いないと。
「ランサーズ」という、使用者と労働者をつなぐサイトがある。
使用者が発注条件を提示し、それに対してあまたの労働者が提案を出し、そのなかの1名に仕事を発注する仕組みだ。
多くのランサーズ登録者はプログラマーかデザイナーなので、自分の商品は労働である。
したがって、提案の中で労働の価値を最大限アピールする。
自らの労働という商品がいかに他者と差別化されているか、優れているかを発注主に情熱と誠意を持って訴求する。
だが、使用者には提案書段階でプログラムやデザインの質を正確に判断する能力はほぼない。
高速処理の工夫を凝らしたソースコードや流行の萌えキャラの違いなど、労働者側にとっては渾身のアピールポイントが全く伝わらないのだ。
結果、使用者はアウトプットに大差ないなら安い提案の方がいいと考える。
とりあえず作らせながら適宜修正要求をしていけばいいと安易に考える。
当然の帰結として、見積もりにない作業をタダでやるはめになり、コンビニバイトの方が割がいいくらいの時給労働に収束するのだ。
一方採用されなかった労働者は、提案にかけた時間は1円にもならず、不採用が続けば困窮の一途をたどる。
生活の不安定さに加え、先の見えない恐怖は相当なものだろう。
それだけならまだいい。
悪質な使用者が高めの価格で提案を募り、提案だけ盗んで発注をキャンセルする事例が後を絶たないという。
「ランサーズのコンペ案件で見事に盗作されました・その後」
人間の労働がコモディティ化していく現代、それを裸で市場原理にさらせば上記の不条理は当然の帰結なのである。
怒り心頭に発し怒髪天を衝く気持ちは分かるが、大河の流れに逆らっても仕方ない。
この不条理を所与とし、別の切り口で読者の崇高な労働を高値で売り抜く策を考えてみよう。