労働市場のレジームを感知しスイッチする:現代の労働者のあるべき立ち回り方(5)

「自らの思考でレバレッジがかかる業務フローの構築」

今回の立ち回りにおいて最も意識したポイントだ。


最悪なのは労働集約型のパーツとして業務に組み込まれること。

会社組織は属人的な能力を嫌い、可能な限り人材を代替可能なコモディティ化したパーツにしたがる。

この圧力に屈してしまうと、大量の人材がひしめきあう労働市場に投げ出されるため、受け取る報酬は労働の再生産コストぎりぎりまで切り下げられる。


さらに最悪な点は、自分というこの地球上で唯一無二の固有性を消されてしまうことだ。

他者との差異のみが価値を生み出す唯一の源泉でありながら、その差異を生み出す固有性を無にされてしまう。

まさに生ける屍。

いや屍ですらない。

個人としての存在意義ゼロ、即無、やばすぎる。


次に、アウトプットの説明変数に労働時間や労働の質を入れ込まないことを意識する。

他者よりも効率的に、早く、大量に、高品質に、を目指してはいけない。


その組織から+3シグマを超える圧倒的な差異のみを目指す。

できれば平均からの距離の最大化ではなく、所属する組織にそもそも存在しない業務が望ましい。


最後に、最重要KPIである売り上げに対する最大の寄与率を持つ説明変数を自分の思考とする。

労働時間や労働の質ではなく己の思考。

労働時間には現実的な限界があるし、労働の質は高いレベルになればなるほど限界収穫逓減の法則に従うため投下コストに対する効率性が落ち、そもそも優秀な人材同士の血みどろの戦いに巻き込まれる。


一方で思考は無限。

己がこれまで生きてきた中で得た知識、経験、思想、発想、これらによってKPIにポジティブな影響を及ぼしていく。

KPIの向上をもって己の思考の表現結果とする。


そして、自分の日々のわずかな成長が、KPIに多大な影響を及ぼす。

これが「思考でレバレッジをかける」ということだ。


同質な人間同士で群れる心地よい環境に安住しながら、一方で自分の個性が認められない、評価されないと世を恨む。

ブレーキをベタ踏みしておきながらアクセルをかけ、前進しないからといって外部環境を非難する。


固有の思考は必然孤独。

世に存在を認められ、評価されたければ、群れながらもどこかで孤独を抱え込まなければならない。

サラリーマンでもこの思考を体現できたならば、きっと個人としての固有性、己の存在意義を認めてもらえるはずだ。

サラリーマンをあきらめた自分から、シストレを頑張るサラリーマンへのエールとする。

サラリーマン最後の表彰